ルリユールおじさん
いせひでこ・作
理論社
これはパリの街のおはなし
少女のお気に入りは、ぶ厚い植物図鑑。
いろんな植物のことを教えてくれるこの本を、彼女はよほど気に入って折に触れて手に取っていたのだろう。
ある日、図鑑の扉を開いたら、綴じてあったページが外れてバラバラと落ちてしまった。
あ、私の図鑑が…
こわれた本はどこへもっていけばいいの?
新しい植物図鑑はいっぱいあるけれど、この本がいい、この本をなおしたいの
そんなに大事なら、ルリユールのところに行ってごらん
街角で絵画を売っているおじさんが教えてくれた
ルリユールって、本のおいしゃさんみたいな人のこと?
ルリユールはどこにいるのかしら?
彼女がふと目を留めたガラス窓の向こうには、いろんな本や紙が雑多に積まれた作業場があった。
入り口にはRELIEURの文字が。
作業場では、窓の外から中をうかがう少女に気づいた老人、じきに帰るだろうと思っていたが、まだいる、ずっとこちらを見ている。
おはいり
少女はぶ厚い本を抱えて入ってきた。
こんなになるまで、よく読んだねえ。ようし、なんとかしてあげよう。
少女は木が好きだと言った、木の中でもアカシアの木が特に好きなんだと。
本をいったんバラバラにして綴じなおす。
ルリユールということばには、もう一度つなげるという意味もあるんだよ。
表紙はあたらしくしよう。
ヘリは機械で大きさを整えて切る
外れたページは一枚一枚ていねいに糸でかがる
かがったページはのりでかためる
本の背中をハンマーでたたいて丸みをつけるんだ
表の紙と中のページをつけるには、裏表紙の内側にもう一枚紙を貼り、背にはモスリンともう1枚別の紙を貼って乾かす。その後、羊皮や布紙で全体を覆う
乾くまでにもう一日はかかる
その間に表紙の革と紙をえらぼう
作業場に飾ってあるのはおじさんのお父さん?
ルリユールだったのね。
さてひと休みしよう。
本はあしたまでにつくっておくよ。
君の名前をおしえてくれないか?
ルリユールはすべて手の仕事だ。
糸の張りぐあいも、革のやわらかさも、紙の渇きも、材料のよしあしもその手でおぼえろ
そう語った父のなめした革は、ビロードのようだった
本には大事な知識や物語や歴史がいっぱいつまっている。
それらをわすれないように、未来に向かって伝えていくのがルリユールの仕事なんだ。
名を残さなくてもいい。
ぼうず、いい手をもて
父さんの手は魔法の手だね
わたしも魔法の手を持てただろうか
少女とルリユールの紡ぐやさしい時間
「書物」という文化を未来に向けてつなげようとする、最後の手職人の強烈な稔侍と情熱に惹きつけられて、パリにアパートを借り、何度もスケッチに路地裏の工房に通った、という作者。
彼女が描く職人の手は骨ばっていて木のこぶみたいにごつごつしている。しかし、その指先はくたびれた本を再びよみがえらせていく。ルリユールの手によって生き返った本は、持ち主にとって以前よりもっと大切な宝物になる。
この作業を実際に見たい
と思った。きっと何時間でも見ていられる。
自信はある。
という造形物を愛するすべてのひとが、この少女に自分を重ねてみるに違いない。
本物のルリユールと過ごす時間はもてなくても、この本の中にそれはある。
少女とルリユールの紡ぐ時間は読む人の心にやさしい灯をともしてくれる。
ルリユールとは、印刷技術が発明され、本の出版が容易になってから発展した実用的な職業。日本にはこの文化はない。むしろ、近代日本では、「特別な一冊だけのために装幀する手工芸的芸術」としてアートのジャンルに見られている。出版業と製本業の兼業が、長い間法的に禁止さてれていたフランスだからこそ成長した製本、装幀の手仕事だが、IT化、機械化の時代に入り、パリでも製本の60工程すべてを手仕事でできる製本職人はひとけたになった。(あとがきより引用)
いせひでこ(伊勢英子)
裏表紙より引用
1949年に生まれ13歳まで北海道で育つ。東京芸術大学卒業。ション『むぎわらぼうし』で絵本にっぽん賞、創作童話『マキちゃんのえにっき』で野間児童文芸新人賞受賞など他多数。『雲のてんらんかい』、『1000の風、1000のチェロ』『はくちょう』『絵描き』などの絵本製作と並行して絵本原画展、アクリル画の個展を各地で開催。
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